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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)39号 判決 1994年1月28日

東京都豊島区南池袋二丁目二三番四号

原告

宮澤安太郎

右訴訟代理人弁護士

雨宮眞也

瀧田博

鷹取信哉

小幡葉子

東京都豊島区西池袋三丁目三三番二号

被告

豊島税務署長 中野武彦

右指定代理人

秋山仁美

神谷宏行

飯嶋一司

長岡忠昭

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告が平成三年二月二七日付けで原告の昭和六二年分所得税についてした更正のうち、総所得金額一二八八万三九〇五円及び納付すべき税額三三七万五〇〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成三年四月二四日付けの更正又は賦課変更決定により減額された後のもの)を取り消す。

二  被告が平成三年二月二七日付けで原告の昭和六三年分所得税についてした更正のうち、総所得金額一四八〇万〇〇二六円及び納付すべき税額三八八万六八〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定を取り消す。

三  被告が平成三年二月二七日付けで原告の平成元年分所得税についてした更正のうち、総所得金額四七二万五二五八円及び納付すべき税額四七万四四〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成四年一一月一九日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の昭和六二年分ないし平成元年分(以下「本件各係争年分」という。)の不動産所得の確定申告に関し、原告が必要経費として計上した同族会社に対する原告所有のビルの管理料の支払が、所得税法一五七条一項の定める原告の所得税の負担を不当に減少させる結果となる同族会社の行為又は計算に該当すること、原告が平成元年中に原告所有のビルの貸室を賃貸するに際して賃借人から受領した保証金のうち、契約上返還を要しない旨の定めがある部分については、賃借人へ建物を引き渡した平成元年中の不動産所得に係る総収入金額に計上すべきであること、原告が平成元年分の不動産所得の必要経費として申告した修繕費の中には、必要経費とは認められない家事上の支出が含まれていることを理由に被告が行った更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件課税処分」という。)について、原告が処分の取消しを求めて提訴した事案である。

一  本件課税処分の前提となる事実関係(当事者間に争いのない事実)

1  原告(明治三二年一月九日生れ)は、東京都豊島区南池袋二丁目二三番四号所在の鉄筋コンクリート造陸屋根七階建建物(以下「本件ビル」という。)を所有し、その六階及び七階部分を居住として使用し、その余の部分を賃貸している。本件ビルは昭和五七年二月に完成したものであるが、原告は、昭和五六年一二月一日に、有限会社富澤ラジオ電気商会(以下「富澤ラジオ商会」という。)との間で、本件ビルの管理を同社に委託し、管理料として、賃料収入の三〇パーセントないし三五パーセントを同社に支払うことを内容とする総合管理委託契約(以下「本件管理委託契約」という。)を締結した。

2  富澤ラジオ商会は、昭和三一年三月一六日に、ラジオ及び電気器具等の修理販売を目的として設立された有限会社で、設立以来、昭和二五年五月一一日に原告と養子縁組をした原告の長女富澤富美子(以下「富美子」という。)の夫富澤政治郎(以下「政治郎」という。)が、同社の代表取締役を務めており、富美子は取締役を、原告は監査役をそれぞれ努めている。政治郎の出資金額は同社の資本の総額六〇パーセントに達しており、同社は、法人税法二条一〇号に規定する同族会社である。そして、政治郎と富美子は、原告と共に、本件ビルの七階部分に居住している。

3  原告は、本件管理委託契約に基づいて、管理料として、昭和六二年及び同六三年には各一〇八〇万円、平成元年には一一〇四万三〇〇〇円を富澤ラジオ商会に支払ったとして、確定申告の際に右各金額を不動産所得の必要経費として計上し、富澤ラジオ商会は、確定申告の際に右金額を「管理収入」として売上金額に計上した。なお、原告の申告に係る管理料の賃料収入に対する割合は、昭和六二年分は三七・六九パーセント、昭和六三年分は三五・八九パーセント、平成元年分は三四・三五パーセントである。

4  原告は、昭和六四年一月一日に、株式会社日本教育出版(以下「日本教育出版」という。)及び日本電針株式会社(以下「日本電針」という。)との間で、本件ビル内の貸室についての賃貸借契約(以下「本件各賃貸借契約」という。)を締結した。本件各賃貸借契約には、賃借人の保証金支払義務の定めがあるほか、契約終了後、原告が賃借人に返還すべき保証金の額は、償却費として原告が取得する二〇パーセントを控除した残額とする旨の定めがある。原告は、本件各賃貸借契約に基づき、同日、日本教育出版及び日本電針から、合計八六〇万円の保証金(以下「本件保証金」という。)の預託を受けたが、確定申告の際には、右保証金を平成元年分の不動産所得の総収入金額として計上しなかった。

5  原告は、平成元年中に有限会社矢部工務店(以下「矢部工務店」という。)に本件ビルの改造工事(以下「本件工事」という。)を行わせ、工事代金として二二二万一七〇〇円を支払った(以下「本件工事代金」という。)。そして、原告は、平成元年分の所得税の確定申告の際に、修繕費として、本件工事代金のほか、株式会社小諸美術(以下「小諸美術」という。)に一三一七万円、富澤ラジオ商会に二五万七六〇八円をそれぞれ支払ったとして、その合計額一五六四万九三〇八円に原告の事業専用割合(本件ビルのうち、賃貸用の一階から五階までの事業用の部分の五を本件ビルの階数である七で除し、小数点第五位以下切り捨てたもの)〇.七一四二を乗じて算出した額一一一七万六七三五円を、不動産所得の必要経費に計上した。

6  原告の本件各係争年分の申告、課税処分及び不服申立ての経費は、別表一ないし三記載のとおりである。

二  本件課税処分の根拠に関する被告の主張

1  昭和六二年分の所得税について

(一) 総収入金額 三五一一万 九〇〇円

(1) 賃貸料 二八六五万四一九九円

(2) 礼金、権利金、更新料、償却代 一九二万六〇〇〇円

(3) 共益費 四五三万 八〇〇円

(1)ないし(3)の金額は、当事者間に争いがない。

(二) 必要経費の額 一二七五万三九六九円

(1) 管理料 一四二万六九七四円

右金額は、(一)(1)の額に、後記三1(一)のとおりの基準に従って抽出した不動産貸付業者(以下「比準同業者」という。)の支払管理料の賃貸料収入に対する割合の平均値(以下「平均管理料割合」という。)四・九八パーセントを乗じた額である。(以下、このような算出方法により得た管理料を「適正管理料」という。)。右平均管理料割合の算出方法は、別表四のとおりである。

(2) (1)以外の必要経費 一一三二万六九九五円

右金額は、当事者間に争いがない。

(三) 青色申告控除額 一〇万円

右金額は、当事者間に争いがない。

(四) 不動産所得(総所得金額) 二二二五万六九三一円

右金額は、(一)の額から(二)及び(三)の額を控除した残額である。

(五) 所得控除額 三三万三〇〇〇円

右金額は、当事者間に争いがない。

(六) 課税総所得金額 二一九二万三〇〇〇円

右金額は、(四)の額から(五)の額を控除した残額(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数切捨て後のもの)である。

(七) 納付すべき税額 七九三万九〇〇〇円

右金額は、(六)の額に、昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法八九条一項の規定を適用して算出したものである。

2  昭和六三年分の所得税について

(一) 総収入金額 三六〇〇万三四〇〇円

(1) 賃貸料 三〇〇八万六〇〇〇円

(2) 礼金、権利金、更新料 一一七万一〇〇〇円

(3) 共益費 四七四万六四〇〇円

(1)ないし(3)の金額は、当事者間に争いがない。

(二) 必要経費の額 一一七七万四五七九円

(1) 管理料 一四七万一二〇五円

右金額は、(一)(1)の額に、比準同業者の平均管理料割合四・八九パーセントを乗じた額であり、右平均管理料割合の算出方法は、別表五のとおりである。

(2) (1)以外の必要経費 一〇三〇万三三七四円

右金額は、当事者間に争いがない。

(三) 青色申告控除額 一〇万円

右金額は、当事者間に争いがない。

(四) 不動産所得(総所得金額) 二四一二万八八二一円

右金額は、(一)の額から(二)及び(三)の額を控除した残額である。

(五) 所得控除額 三三万三〇〇〇円

右金額は、当事者間に争いがない。

(六) 課税総所得金額 二三七九万五〇〇〇円

右金額は、(四)の額から(五)の額を控除した残額(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数切捨て後のもの)である。

(七) 納付すべき税額 七九九万七五〇〇円

右金額は、(六)の額に、昭和六三年の所得税の臨時特例に関する法律三条、別表一の規定を適用して算出したものである。

3  平成元年分の所得税について

(一) 総収入金額 三九八一万三二七四円

(1) 賃貸料 三二二二万八八四九円

(2) 礼金、権利金、更新料 七六万八〇〇〇円

(3) 共益費 五〇九万六四二五円

(1)ないし(3)の金額は、当事者間に争いがない。

(4) 保証金の償却費の額 一七二万円

右金額は、原告が本件各賃貸借契約の締結に際して各賃借人から保証金として受領した八六〇万のうち、右各契約において、賃借人に返還することを要しないとされている二〇パーセントに相当する額である。

(二) 必要経費の額 二二二一万七四九一円

(1) 管理料 五七万九二一三円

右金額は、(一)(1)の額に、比準同業者の平均管理料割合四・九〇パーセントを乗じた額であり、右平均管理料割合の算出方法は、別表六のとおりである。

(2) 修繕費 九五八万九九九七円

右金額は、原告の修繕費としての申告額である一一一七万六七三五円から、原告の不動産業務とは関連のない家事上の経費に相当すると認められる修繕費分一五八万六七三八円(本件工事代金二二二万一七〇〇円のうち、原告が事業専用割合〇・七一四二を乗じて算出し、修繕費として申告した額)を控除した額である。

(3) (1)及び(2)以外の必要経費 一一〇四万八二八一円

右金額は、当事者間に争いがない。

(三) 青色申告控除額 一〇万円

右金額は、当事者間に争いがない。

(四) 不動産所得(総所得金額) 一七四九万五七八三円

右金額は、(一)の額から(二)及び(三)の額を控除した残額である。

(五) 所得控除額 三五万三〇〇〇円

右金額は、当事者間に争いがない。

(六) 課税総所得金額 一七一四万二〇〇〇円

右金額は、(四)の額から(五)の額を控除した残額(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数切捨て後のもの)である。

(七) 納付すべき税額 四九五万六八〇〇円

右金額は、所得税法八九条一項の規定を適用して算出したものである。

4  更正の適法性について

被告が本訴において主張する原告の本件各係争年分の総所得金額及び納付すべき税額は、それぞれ

(総所得金額) (納付すべき税額)

昭和六二年分 二二二五万六九三一円 七九三万九〇〇〇円

昭和六三年分 二四一二万八八二一円 七九九万七五〇〇円

平成元年分 一七四九万五七八三円 四九五万六八〇〇円

であるところ、被告による更正に係る原告の総所得金額及び納付すべき税額(ただし、平成元年分については、審査裁決により一部取り消された後のもの)は、それぞれ

(総所得金額) (納付すべき税額)

昭和六二年分 二一七八万九八六九円 七七〇万五五〇〇円

昭和六三年分 二三五八万四二六四円 七七二万五五〇〇円

平成元年分 一六七〇万二五六〇円 四六三万九六〇〇円

であって、いずれの年分についても被告主張額の範囲内であるから、被告の行った更正はいずれも適法である。

5  過少申告加算税賦課決定の根拠

(一) 昭和六二年分 四八万五〇〇円

右金額は、国税通則法六五条一項に基づき、更正によって原告が新たに納付すべき税額四三三万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額四三万三〇〇〇円と、同条二項に基づき、九五万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額四万七五〇〇円との合計額である。

(二) 昭和六三年分 三八万三〇〇〇円

右金額は、国税通則法六五条一項に基づき、更正によって原告が新たに納付すべき税額三八三万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した額である。

(三) 平成元年分 五九万九〇〇〇円

右金額は、国税通則法六五条一項に基づき、更正(審査裁決により一部取り消された後のもの)によって原告が新たに納付すべき税額四一六万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額四一万六〇〇〇円と、同条二項に基づき、三六六万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額一八万三〇〇〇との合計額である。

三  争点

1  被告が、原告の本件各係争年分の不動産所得の申告における富澤ラジオ商会に対する管理料の支払を所得税法一五七条一項に基づいて否認し、適正管理料をもって本件係争各年分の原告の必要経費の一部としたことが適法か否か。

(一) 被告の主張

(1) 所得税法一五七条は、同族会社等の行為又は計算により、その株主又は社員等の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、これを通常あるべき行為又は計算に引き直し、課税する権限を税務署長に認めている。

(2) ところで、原告のような不動産の管理を同族会社に委託している者による管理料の支払が所得税法一五七条により否認されるべき同族会社等の行為又は計算に当たるか否かを判断し、かつ、これに該当するとした場合における適正な管理料を算定するための方法としては、同族関係にない不動産管理会社に本件ビルと同程度の規模のビルの管理を委託している同業者(比準同業者)の賃貸料収入、支払管理料の額を調査し、通常であれば支払われるであろう標準的な適正管理料の額を算定した上、これと本件ビルの管理料と対比する方法が合理的である。そこで、被告は、次のアないしオの基準を設定し、これらの基準に該当する者を別表四ないし六のとおり抽出した。

ア 原告の納税地であり、かつ、本件ビル所在地である東京都豊島区を管轄する豊島税務署内に納税地及び貸ビルを有する不動産貸付業を営む個人で、その貸ビルの管理を右個人と同族関係にない不動産管理会社に委託している者で、本件各係争年分において、収支計算に基づき所得金額を算定し、かつ、所得税青色決算書(不動産所得用)又は収支内訳書(不動産所得用)を提出している者

イ 本件各係争年分に係る賃貸料収入(共益費、更新料及び礼金等の臨時的収入を除く。)が貸ビル一棟について、原告の賃貸料収入額の半分以上二倍以内の範囲内にある者

ウ 年を通じて不動産貸付業を営んでいる者

エ 次のいずれにも該当しない者

<1> 災害等により経営状態が異常であると認められる者

<2> 更正又は決定処分を受けている者については、当該処分につき国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過していない者並びに当該処分に対して不服申立中及び訴訟中の者

オ 管理委託の業務内容が主として賃貸借契約の締結、更新、入居者の募集及び集金であるもの

(3) 被告は、右(2)の抽出基準のすべてを満たしている者を比準同業者として洩れなく抽出しており、右抽出に恣意が介在する余地はなく、かつ、抽出された同業者は、原告と業種業態、貸付け不動産の所在地及びその事業規模において類似性を有するものであるから、右比準同業者の平均管理料割合には、正確性及び合理性がある。

(4) そこで、原告の申告に係る管理料の額から算出される納付ずへき税額と比準同業者の平均管理料割合から算出されるそれとを対比すると、原告の申告に係る管理料の額から算出される納付すべき税額が、昭和六二年分は三三七万五〇〇〇円、昭和六三年分は三八八万六八〇〇円、平成元年分は一二五万三四〇〇円(ただし、保証金のうち、原告が償却費として取得すべき一七二万円を収入金額に計上し、修繕費のうち、本件工事に係る一五八万六七三八円を必要経費から除外して算出したもの)であるのに対し、比準同業者の平均管理料割合から算出される納付すべき所得税額は、昭和六二年分は七九三万九〇〇〇円、昭和六三年分は七九九万七五〇〇円、平成元年分は四九五万六八〇〇円であるから、三年間で合計一二三七万八一〇〇円ものかい差が生じている。そして、その原因は、とりもなおさず、原告が、同族関係にある富澤ラジオ商会に対し、極めて高額な不動産管理料を支払っていたからにほかならない。

(5) したがって、原告は、富澤ラジオ商会といわゆる同族関係にあることを利用して、著しく所得税の負担を免れていたものであるから、被告が、所得税法一五七条に基づいて、原告の富澤ラジオ商会に対する管理料の支払を否認し、適正管理料に基づいて更正を行ったことは適法である。

(二) 原告の主張

(1) 本件管理委託契約においては、通常のビル方委託契約の業務内容に含まれる賃貸借契約の締結、更新、入居者の募集、賃料の集金等に加え、次のような高度の信頼関係に基づく経営業務及び通常管理業者を通じて外注し、別料金を支払うような特殊な業務も、すべて管理業務に含まれている。

ア 富澤ラジオ商会は、原告の納税、修繕等のための資金繰りに関する銀行との交渉や青色申告用の会計帳簿の作成を行っているほか、原告が銀行から融資を受けるに際し、富澤ラジオ商会の取締役である政治郎、富美子が連帯保証人になるなどビル管理に伴う経営上の事務全体を原告に代わって行っている。

イ 富澤ラジオ商会は、原告が支払った電気料、水道料を各入居者に割り当てて、割当分についての請求書を発行し、これを各入居者から徴収している。

ウ 本件ビルの所在地周辺では、毎日ゴミの収集が行われており、富澤ラジオ商会は、本件ビルの入居者の出したゴミの整理と収集後の清掃を行っている。なお、業者に本件ビルの入居者のゴミの管理を委託する場合には、月額一六万二〇〇〇円を支払う必要がある。

エ 本件ビルは、繁華街に位置し、夜間通行人が無断で立ち入ることも多いため、富澤ラジオ商会は、夜間休日も含め社員のうちの最低一名を本件ビル内に常駐させた上、ビルの巡回を行っている。なお、業者に本件ビルの夜間巡回を委託する場合には、月額九万円を支払う必要がある。

オ 政治郎は、消防法に定められた本件ビルの防火管理業務を行うため、昭和五七年二月五日、東京消防庁豊島消防署より防火管理者に選任され、現在に至っている。なお、防火管理者の資格を有する者に、本件ビルを対象物とする防火管理業務を委託する場合には、月額三万円を支払う必要がある。

(2) 以上のとおり、原告の確定申告に係る管理料の賃料に対する割合が、他のビルについての管理料割合を上回るのは、本件管理委託契約の特殊事情によるものであるから、原告が富澤ラジオ商会に支払った管理料の額が過大であるとはいえない。また、被告は、ビルの管理委託契約の委託業務の内容の差異を全く顧慮せずる比準同業者を基準として適正管理料を算定しているから、被告の適正管理料の算定方法には合理性がない。

2  本件保証金のうち、契約上返還を要しない部分を平成元年分の不動産所得の総収入金額に計上することの要否

(一) 被告の主張

原告が昭和六十四年一月一日に預託を受けた本件保証金八六〇万円のうち、二〇パーセント相当額については、本件各賃貸借契約において、賃借人に返還することを要しないとされているのであるから、右二〇パーセント相当額である一七二万円に関しては、その預託を受けた日に原告に利得すべき権利が発生したものとして、平成元年分の不動産所得に係る総収入に加算すべきである。

(二) 原告の主張

本件保証金八六〇万円のうちの二〇パーセントに相当する一七二万円については、償却費として本件各賃貸借契約上返還を要しないこととされている。しかしながら、右償却費は、賃貸借契約終了後の原状回復費用に充てられるべきものであり、また、賃貸借契約終了後賃借人から貸室の明渡しを受けるまでは、本件保証金は、償却費相当部分も含めて賃貸借契約上の債務の担保としての性質を失うものではない。したがって、契約上返還を要しないこととされている右償却費部分についても、費用収益対応の原則に基づき、契約存続中は預かり金として扱い、右契約終了時に収入金額に計上すべきものである。

3  原告が矢部工務店に支払った修繕費二二二万一七〇〇円の一部を平成元年分の必要経費に計上することの可否

(一) 被告の主張

原告は、矢部工務店に支払った本件工事代金二二二万一七〇〇円の一部を含めて平成元年分の修繕費の額を一一一七万六七三五円とする確定申告をしているが、本件工事費は、矢部工務店が作成した見積書(甲一九号証)及び請求書(甲二一号証)に記載されている工事内容からみて、いずれも原告居住用部分である本件ビル七階の木工事、クロス張り替え工事、洗面化粧台取付け工事等、原告の居住用部分のリフォームための工事代金であり、その全額が家事上の支出であると認められるから、原告の不動産所得の計算の際に、必要経費として損金の額に算入することはできない。なお、原告は、本件工事代金とは別に、小諸美術に本件ビルの雨漏り防止工事を行わせ、その工事代金の一部を平成元年分の修繕費として申告しているところ、小諸美術が作成した見積書(乙一三、一四号証)によれば、右工事こそが、本件ビルの事業用部分に関する工事であったというべきである。

(二) 原告の主張

本件工事は、本件ビルの四階部分で発生した雨漏りが下の階でも発生するようになったため、これに対処するために行われたものであり、また、原告は、矢部工務店に支払った本件工事代金のうち、居住用部分の改造のための工事費用を控除した残額を、本件ビルの事業用部分の修繕費として計上したものであるから、全額について業務関連性がある。

4  本件課税処分が禁反言の原則に反するか。

(一) 原告の主張

原告は、本件ビルを建築して以来、被告の担当者とも相談した上、管理料を八〇万円ないし九〇万円とする税務申告を継続してきたが、更正を受けたのは今回が初めてである。本件課税処分は、従前の経緯を無視したもので、信義誠実の原則のひとつである禁反言の原則に反する。

(二) 被告の主張

本件課税処分は、禁反言の原則に反しない。

第三争点に対する判断

一  原告の申告に係る管理料の支払と所得税法一五七条の適用の可否について

1  法人税法二条一〇号所定の同族会社の行為又は計算が、所得税法一五七条一甲の定める「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否かは、専ら経済的、実質的見地において、当該行為又は計算が通常の経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるかどうかを基準として判断すべきであると解される。これを本件のように不動産の管理を同族会社に委託している者が支払った管理料についていえば、類似の条件で不動産の管理を同族関係にない不動産管理会社に委託している同業者を抽出した上その支払管理料の賃料収入に対する割合の平均値(平均管理料割合)から、通常支払われる適正な管理料の額を算出し、これと同族会社に管理業務を委託している者が支払っている管理料額とを対比することにより、同族会社である不動産管理会社に対する管理料の支払が、純経済人の行為として不自然、不合理な行為であるか否か、右支払が、同族会社の株主、社員又はこれらの者の親族等の所得税の負担を不当に減少させる結果を招いているか否かを検討するのが合理的であるというべきである。

2  そこで、本件について検討するに、証拠(乙一号証、同二号証の一ないし三)によれば、被告は、第二、三1(一)(2)のとおり基準に基づいて比準同業者を抽出したこと、本件各係争年分における比準同業者の平均管理料割合は、別表四ないし六記載のとおり、昭和六二年分は四・九八パーセント、昭和六三年分は四・八九パーセント、平成元年分は四・九〇パーセントであり、右平均管理料割合を基に、本件各係争年分における原告の適正管理料を算出すると、昭和六二年分は一四二万六九七四円、昭和六三年分は一四七万一二〇五円、平成元年分は一五七万九二一三円となることが認められる。

これに対し、原告の申告に係る管理料は、第二、一3のとおり、昭和六二年分及び同六三年分は各一〇八〇万円、平成元年分は一一〇四万三〇〇〇円であり、右管理料の賃料収入に対する割合は、昭和六二年分は三七・六九パーセント、昭和六三年分は三五・八九パーセント、平成元年分は三四・三五パーセントに達している。

また、適正管理料に基づき算出される本件各係争年分の納付すべき所得税額は、昭和六二年分が七九三万九〇〇〇円、昭和六三年分が七九九万七五〇〇円、平成元年分が四九五万六八〇〇円であるのに対し、原告の申告に係る管理料の額から算出される本件各係争年分の納付すべき税額は、昭和六二年分が三三七万五〇〇〇円、昭和六三年分が三八八万六八〇〇円、平成元年分が一二五万三四〇〇円(ただし、本件保証金のうち、原告が償却費として取得すべき一七二万円を収入金額に算入し、修繕費のうちの一五八万六七三八円を必要経費から除外して算出したものであり、このような算出方法自体が適正なものであることは、後記二及び三において判示するとおりである。)であり、両者の間には、本件各係争年分の納付すべき税額について合計一二三七万八一〇〇円のかい差が生じている。

3  ところで、被告が比準同業者を抽出した基準は、その内容からみて、本件ビルと所在地、規模の類似した同業者の抽出のための基準として相当なものであり、抽出の過程において恣意が介在したとの合理的な疑いを入れる余地もないから、比準同業者の平均管理料割合から算出された適正管理料は、同族関係にない不動産管理会社に管理業務を委託した場合に通常支払われる管理料の額を適正に反映しものということができる。そうすると、原告が本件各係争年において富澤ラジオ商会に支払った管理料の額は、通常の場合に比べて著しく高額であると認められ、原告がこのような多額の管理料を支払っているのは純経済人の行動としては極めて不自然であるといわざるを得ない。

また、右の点に加え、本件管理委託契約において管理業務の具体的な内容が明らかにされておらず、管理料の額については、総収入金の三〇ないし三五パーセントという不明確な定め方がなされていること(甲五号証)、証人宮澤政治郎は、右管理料の額を定めるに当たって、富澤ラジオ商会の経営を同人の次男に任せることとしたことを契機に、同人が従前富澤ラジオ商会から得ていた役員報酬額をまかなうとの意図もあって、管理料の額を定めた旨証言していること、富澤ラジオ商会は、原告から支払われた管理料を収入に計上した上で、なお欠損が生じているとして、本件各係争年分の法人税を納付していないこと(乙一〇ないし同一二号証)及び第二、一2のとおりの原告と富澤ラジオ商会、政治郎らとの関係を合わせ考慮すれば、原告の富澤ラジオ商会に対する管理料の支払は、富澤ラジオ商会が、原告の養子である政治郎を代表取締役とする同族会社であるからこそ行い得たものというべきである。

したがって、本件各係争年分における原告の富澤ラジオ商会に対する管理料の支払は、所得税法一五七条一項所定の、原告の所得税の負担を不当に減少させることになる同族会社の行為又は計算に該当するものというべきであり、被告が右管理料の支払を否認した上、適正管理料に基づいて原告の必要経費としての管理料を算定したことは正当であると認められる。

4  これに対し、原告は、本件管理委託契約の中には、通常のビル管理業務には含まれない高度の信頼関係に基づく経営業務や通常の管理委託契約料には含まれず別料金の支払がなされるような特殊な業務内容が含まれているから、本件管理委託契約に基づいて支払われた管理料の額が過大であるとはいえないし、また、本件管理委託契約上の委託業務内容の特殊性を全く顧慮せずに比準同業者を基準として被告が行った適正管理料の算定には合理性が認められない旨主張している。

そして、証拠(甲六ないし八号証、同一三号証、証人富澤政治郎)によれば、政治郎と富美子は、原告が金融機関から融資を受けるに際し、原告の保証人又は連帯保証人になったり、原告の債務を担保する目的で、定期預金を金融機関に差し入れたりしていること、政治郎は、原告のために、総勘定元帳の作成の基礎になる伝票の作成及び仕分けを行っているほか、原告の税金の支払等のための資金繰り交渉を行っていること、政治郎は、毎日午後一〇時ころに本件ビルの見回りをした上入口のシャッターを締めていること、富美子は、毎朝本件ビルの賃借人が出した生ゴミを本件ビルの一階のゴミ置き場から指定された近くのゴミ収集場所まで運び出していること、政治郎は、本件ビルが新築された昭和五七年ころ本件ビルの防火管理者の資格を取得したこと、政治郎は、各賃借人ごとに設置された電気メーター及び水道メーターの検針を行い、電気料及び水道料を賃借人から集金していることが認められる。

そこで、原告の右主張について検討するに、原告のための債務の保証、伝票の整理、資金繰り等の行為については、それらの行為と本件ビルの管理業務との間の関連性が明らかにされていないから、右保証等の行為が、本件管理委託契約に基づくものであると認めることはできず、かえって、右各行為の性質や、政治郎や富美子は、個人として右各行為をしていることに照らせば、原告の主張する「高度の信頼関係に基づく経営業務」は、同居している高齢の養親のための協力扶助義務の履行としてなされたものにすぎないというべきである。また、政治郎及び富美子は、本件ビルの七階部分に居住し、本件ビルの住人としてもビルの安全を確認したり、ゴミの収集後の清掃に協力すべき立場にあったこと、政治郎は、本件ビルの管理について権限を有する者として、防火管理者を定める必要があったことからすれば、原告の主張に係る夜間、休日の巡回、ゴミの清掃、防火管理の事務が、すべて原告との間のビル管理委託契約に基づくものであるとみることは困難であるし、さらに、政治郎や富美子がこれらの事務を行う場合と、業者に外注する場合とでは、事務の性質、内容に差異があることは否定できないから、業者に外注した場合の料金に基づいて適正管理料を算定することは相当ではないというべきである。

これらの点にかんがみれば、結局、原告の主張するところのものは、本件管理委託業務の特殊性を基礎づけるに足りないもの、あるいは、やや木目の細かい管理業務の内容であったとしても、比準同業者の管理料割合の平均値の中に捨象される程度のものにすぎないから、被告において、比準同業者を抽出するに当たり、本件管理委託契約の管理業務の特殊性について格別の考慮をしなかったことをもって、それが不当であるということはできない。

5  そうすると、被告が、第二、三1(一)(2)の基準によって比準同業者を抽出し、その平均管理料割合に基づいて適正管理料を算定した上、本件各係争年分の必要経費を算定したことは適法であったというべきである。

二  本件保証金のうち、契約上返還を要しない部分を平成元年分の不動産所得の総収入金額に計上することの要否

1  所得税法は、一暦年を単位として各年分ごとに課税所得を計算し、課税を行うことを定めているところ、所得税法三六条一項が、その年分の各種所得金額の計算上収入金額とすべき又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨規定していることからすれば、同法は、その収入の原因となる権利が確定し、所得の実現があったとみることのできる状態が生じたときには、その権利の確定した時期の属する年分の収入金額に計上して課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。

2  そして、原告は、平成元年中に本件保証金として合計八六〇万円の預託を受けたものであるところ、本件各賃貸借契約の契約書(甲一五、一六号証)には、契約終了後、原告が賃借人に返還すべき保証金の額は、償却費として原告が取得する二〇パーセントを控除した残額とする旨の定めがあることにかんがみると、本件保証金のうちの二〇パーセントに相当する一七二万円については、原告がこれを受領した時点で所得の実現があったものとみることができるから、平成元年分の不動産所得の計算の差異の収入金額に算入すべきものである。

3  これに対し、原告は、本件保証金は、償却費として原告が取得ずへきものとされている部分を含めて、本件各賃貸借契約終了後賃借人から貸室の明渡しを受けるまでは、賃貸借契約上の債務を担保するために、賃貸人が預託を受けるという性質を失うものではないと主張している。

ところで、右償却費として原告が取得すべきものとされている部分が、本件各賃貸借契約の契約書の文言に照らし、いわゆる権利金的な性質を有するものとして、賃貸人である原告が賃借人の債務不履行に備えて留保する義務のないものであるのか、あるいは、原告の主張に係るような性質のものであるのかについては、疑義がないわけではない。しかしながら、右償却部分が、仮に原告の主張に係る性質を有するもの、すなわち、本件各賃貸借契約の終了時に、現状回復費用に充てられる可能性のあるもの、あるいは、未払賃料等の未履行債務に充当される可能性のあるものであって、右契約が終了するまでは、原告が償却費として取得し得ることが最終的に確定しているとはいえないものであるとしても、かかる事態は、いつ、いかなる程度において発生するか本件保証金の預託時には全く不確定なものであって、これらの事態により、原告が現に保有している償却費相当額の利益を失うに至る可能性は、いまだ抽象的、未必的なものにとどまるにすぎないといわざるを得ない。そうすると、本件保証金のうち、償却費として原告が取得すべき部分については、原告が賃借人から保証金を受領したときに、現実に自由に利用処分し得る経済的利得を得たものとして、原告の収入の原因となる権利が確定したとみるべきであるから、原告の右主張は採用できない。

三  原告が矢部工務店に支払った修繕費二二二万一七〇〇円の一部を平成元年分の必要経費に計上することの可否

1  証拠(甲一一号証、同一八ないし二三号証、乙一三、一四号証、証人富澤政治郎)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成元年五月ころ、本件ビル四階の四〇一号室の天井から、雨水が侵入するようになったため、政治郎は、小諸美術に本件ビルについての防水及び補修工事の見積を依頼した。同社は、平成元年六月一日、屋上から六階にかけての防水施工等のための工事費用について、金額一八〇万円の見積書(乙一三号証)を作成し、さらに、同年七月一日、足場架設工事、外壁弾性タイル防水工事等の工事費用について、金額一〇九〇万円の見積書(乙一四号証)を作成して、原告に提出した。

(二) 一方、政治郎から、雨水の侵入の原因の調査を依頼された矢部工務店は、本件ビルの七階のサッシの引違窓のうちの一箇所を取り替えることを提案し、平成元年六月二〇日、右工事費用について、金額六六万九九四二円の見積書(甲一八号証)を作成した。また、矢部工務店は、本件工事を開始した後の同年八月二二日、七階にある三箇所のサッシの引違窓の取り替え、七階部分の床の張り替え及び壁のクロス張り等のための工事費用について、金額二二二万一七〇〇円とする見積書(甲一九号証)を作成した。そして、原告は、平成元年九月二八日、本件工事費用の内金として七〇万円を矢部工務店に支払った。矢部工務店は、その後も、七階部分の襖の張り替え、戸棚の取り付け、便器の交換、洗面化粧台の設置等七階部分の改装を目的とする工事を継続し、右工事費用として三七五万円を平成元年一一月二八日に政治郎に請求した。政治郎は、翌二九日、矢部工務店に三七五万円を支払ったが、その際、矢部工務店に富沢個人あての二二二万八三〇〇円の領収書と富沢ビルあての一五二万一七〇〇円の領収書を作成させ、原告が右富沢ビル分の工事費用を支払った旨の帳簿処理をした。

2  原告は、矢部工務店が作成した甲第一九号証の見積書に記載された代金二二二万一七〇〇円の工事は、賃貸に供していた本件ビル部分の雨漏り防止等のために行ったものであり、右工事費用は、原告の事業に関する必要経費に該当する旨主張している。

しかしながら、1で認定したとおり、矢部工務店は、本件ビルの七階部分の襖の張り替え、戸棚の取り付け、便器の交換、洗面化粧台の設置等の改装工事を行ったものであるが、甲第一九号証の見積書の記載によっても、矢部工務店が行った工事の防水対策との関係は明らかではない。他方、小諸美術の作成した乙第一三号証及び同第一四号証の見積書の工事種別の欄には、屋上から六階までの防水施工、外壁弾性タイル防水工事等の記載があること、原告作成の総勘定元帳(甲一一号証)には、平成元年一〇月二三日に小諸美術に一三一七万円を支払った旨の記載があることかすれば、原告は、矢部工務店が本件工事を行ったのとほぼ同じ時期に、ビル全体のための防水対策の工事を小諸美術に行わせたと推認される。

これらの事情にかんがみれば、原告が矢部工務店に支払った本件工事費用は、本件ビルの居住用に利用されている七階部分の改装を目的とする家事上の支出と認めるのが相当であり、原告が矢部工務店に支払った二二二万一七〇〇円の本件工事費用を原告の事業のための必要経費と認めることはできないというべきである。

3  なお、甲第一九号証には、「事業用」との記載が、同第二一号証中には「個人分二二二万八三〇〇円、ビル分一五二万一七〇〇円」との記載があり、矢部工務店は、名あて人を「富沢ビル様」及び「富沢様」とする二通の領収書(甲二二、二三号証)を作成しているけれども、証人富澤政治郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、政治郎は、支出の項目と原告の事業との関連性を具体的に検討した上で、政治郎が個人として負担すべき部分を特定したわけではなく、単に、甲第一九号証の見積書に記載のある工事費用を事業用として、その余を個人負担分としたにすぎないことが認められるから、右各書証の記載をもってしても、本件工事費用を原告の事業のための必要経費と認めることはできない。

四  禁反言の原則違反

租税法規に適合する課税処分について、禁反言の原則に違反した違法な処分であることを理由に課税処分を取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用には慎重でなければならず、納税者が税務官庁の表示した公的見解を信頼して行動したところ、後に表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになった場合など、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情がある場合に、初めて右法理の適用を検討すべきものである。

原告は、本件ビルの管理料の申告については、本件ビルが建築されたころ、税務申告に関して被告の担当者の意見を聞いたことがあること、従前から同様の確定申告を継続してきたところ、更正を受けたのは今回が初めてであることなどの事情を挙げて、禁反言の原則の適用を求めているけれども、原告の主張するような事情があったとしても、本件課税処分を、被告の原告に対する公的見解の表示に反する処分であるとみることはできないと解されるから、本件更正について禁反言の法理の適用を考える余地はないといわなければならない。

五  結論

以上のとおり、本件課税処分の違法事由に関する原告の主張はいずれも失当であり、本件課税処分は適法な処分であると認められるから、原告の請求はいずれも棄却を免れない。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 孝橋宏 裁判官 森田浩美)

別表 一

昭和六二年分 保険更正処分等の経緯

<省略>

別表 二

昭和六三年分 保険更正処分等の経緯

<省略>

別表 三

平成元年分 保険更正処分等の経緯

<省略>

別表 四

昭和62年分同業者

<省略>

別表 四

平成元年分同業者

<省略>

別表 五

昭和63年分同業者

<省略>

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